最近悟りを開きたいと思うようになってきました。
なぜかはわかりませんが、心の迷いが多すぎておかしくなりそうな瞬間がだいたい平均で4ヶ月に1回くらいの周期であります。なぜかはわかりませんが。
この心の迷いをいかに解こうか考えているのですが、なかなか妙案が思い浮かばない。
今まで師匠を見つけるとか何か修行をするとかいっそ迷いから解放される為に夏休みにインドに行くとかお寺に修行に行くとか出家するとか一度バッティングセンターに行って思うがままバットを振り回すとか色々考えましたが、すべてストレス発散や自己満足であって、一時的な平穏である。卒論を完成させるのもある種の悟りになるかもとも考えた。
もはやこれが心の迷いになりつつある。何かないかなぁ~人生を変えるような面白い事。
秋山の中で二次ロケットブームが到来している。ちなみに一次はH-IIAロケットが初めて打ち上げられた2001年頃だ。ロケットの逞しいフォルム、ロケットの力強さ、ロケットが遠い宇宙へ行くロマン、ロケットが輸送した衛生で地球を見る壮大さ。宇宙と言うのは秋山のロマンである。本当にロケットは素晴らしいと思う。これは就活に大いに影響しそうだ。
先日テレビでサバイバルゲームについてやっていた。結構体力と知力を要するが、楽しそうだ。見ていて純粋にやってみたいなぁと思った。しかし10人集めないといけないらしい。機会があればやってみたいなぁ~
あと崖が密かにブーム到来中です…なんて言うと就活中で病んでいるのか?とよく言われるが、そんなことはない。崖を見て飛び降りたいとはまだ思っていない。崖と言うのはまれに見る明らかなギャップをもった物である。崖っぷちと言うかわいらしい響きと裏腹に荒々しい見た目…これが面白いと思う。今度崖を見に行こうか迷っています。まぁあくまでも私の主観ですし、ご理解いただけないとは思いますが。再三言わせていただきますが、就活中で病んでいる訳ではない。人並みには進んでいる。大丈夫。生きる。
ESFJ型:面倒見がよい
ESFJ型は人扱いがうまい。F型を生かして、どんな状況でも調和と善意が働くように持っていくと同時に、穏やかだが、きっぱりその場をまとめる。
タイプとしては、「母性」の象徴のようだといえる。
優しく面倒見が良い性格が、外向的(E型)に表れるので、必要以上に尽くしてしまう。
ESFJ型の男性は、「自分に任せておけ」というよりは、ほかの人のニーズを大事にするので、その結果、従来の男らしい性格の部分をおもてに出そうとする気持ちとそれを押さえ込もうとする気持ちの間で葛藤が生じかねない。
SJ型の自分は、いかにも男らしく、客観的で冷静だが強引な行動にでたがるのに、EF型の面が温かく世話好きで優しい役割を果たそうとするのである。
ESFJ型の男性が陸に上がった魚みたいなものだとすると、ESFJ型の女性は女らしさの権化といえる。
女らしさふさわしい身なり、ふさわしい言葉使い、ふさわしい振る舞いをいつも忘れない。
ESFJ型にとっては家庭が宇宙の中心である。家庭は憩いの場であり、外界の厳しさから家族を守ってくれる砦なのだ。家の中はいつもきちんと片付いている。
ベッドが整っていなかったり、台所が汚れているのに、ひと休みしたらと進めても無駄。雑用を済ませない限り、くつろげない、しかもJ型なので、読書をしたり、友人と過ごしてくつろぐにも予定を立てる。
家庭生活を大切にするが、何事にも予定どおりに、「適切に」進まないと気に入らない。
「適切」を求めるのは、たとえばパーティーでは、服装から飾り付け、振る舞いにまで及ぶ。
家族それぞれ役割を割り当てて、その役目を予定どおりに果たすのを期待する。
その期待を裏切られると傷ついたり腹を立てたりする。
親子関係
この「適切」を求める性格は子育てにも表われ、親がESFJ型だと、子どもはかわいがられていると感じてはいても、窮屈に思う。
「こうすべき」だの「ああしなければならない」だのとあれこれ制限されるうえ、遊ぶ前に仕事(宿題や家事の手伝い)をしなさいとしょっちゅういわれるからだ。
ESFJ型の親はいささか厳格だと見なされがちだが、非常に愛情深い。
ESFJ型は、子どもも思いやりがあり世話好きで、几帳面だ。
学校では、授業計画どおりに授業を進める教師を好み、「ルールに従う」。
予習復習をよくやり、宿題はきちんとする。
協カ的で、先生を喜ばせようとするといった、教師が望む生徒像にぴったりなのがESFJ型である。
家庭でも同じである。だが、要求されたことが、内心やりたいと思っていることと相いれない場合には、不満が残る。
それでも、ESFJ型の子どもは、「親は親らしくあるべきだ」と思っているので、親が権威をもって課す規則や決まりは尊重する。
SJ型のおとなと同じように、そうした権威に反発しながらも、尊重し期待しているのである。
だから、親と子の役割を明確にすることが大事である。
親からいただいたこの体、心は社会の為にある。
この体と心は社会の為にある。
社会にいなければ私も成り立たないし、一人でも欠けたら社会は成り立たない。
だから必ず誰にでも役割がある。
だから私は社会の為に生きてる。
だから大いなる理想を掲げてる。
こんな事言ったらドン引きだろう。
単なる理想主義者に見えるだろう。
しかし理想も語れずに前に進む事は出来ようか。
少なくとも私は出来ない。
だから私は理想を掲げ続ける。
いくら周りから無理だと言われても理想の為なら挑み続ける。
理想を叶えようとする力は何よりも負けない。何よりも劣らない。何よりも楽しい。
だから明日の為に自分を磨き、自分に試練を与え、そして自分を光らせる。
まずここで押さえておきたい重要な事実として次の2点が挙げられるでしょう。
・福島県はがれきの広域処理希望が0.0、すなわちがれきの県外処理を完全に自粛している。
・がれき総量2252.8万tのうち広域処理希望は401万t、17.8%に過ぎない。
いうまでもなくがれき処理は被災3県で82.2%と大半を行なう予定(福島県にいたっては100%)であり、処理を他県にまかせることにより復興効果のあるプライオリティの高いがれきが広域処理希望になっています。
一部の議論で「がれきの広域処理などせずにすべて現地で処理をすればいい」という意見がありますが、例えば阪神・淡路大震災の際には、兵庫県で発生した可燃性の災害廃棄物のうち約14%が県外で焼却され埋め立てられましたように、今回の17.8%という割合も、迅速な被災地復興という目的を達成するための手段としては過去事例と比較しても適正な規模だと言えます。
もう震災から1年が経ちました。
あの日は韓国から帰国して、同じ日に中国から帰国した父と成田から帰る途中に震度5強と言う今まで体験した事のない地震に遭いました。あまりにも大きくラジオをつけて初めて事の大きさに気付きました。慌てて家に帰ろうとするも停電により信号が機能しなくて道は大渋滞。コンビニに行っても買い占めが始まっていてパンを辛うじて購入し、帰宅しました。帰宅出来たのは良かったのですが、家はぐしゃぐしゃ、部屋の本はバラバラ落ちて、タンスは全開。あの光景は今でも忘れません。しかしもっと忘れられない光景は停電が復旧した後にみたテレビで放映されていた津波や東北の現状でした。そして何より心配だったのは仙台に住んでいた頃の友人達と共に韓国から帰国した友人達でした。韓国から共に帰国した友人の中で私はいち早く帰宅する事が出来ましたが、一部友人が高速バスに乗っていて首都高で足止めを食らったり、空港からの交通手段が麻痺してしまい一泊した者もいました。一瞬私が車を出そうかと思いましたが、動いた所で自分も深みにはまり、大変な事になると思い、断念しましたが、本当に心配で夜眠れなかった。一緒に帰国した友人達とは比較的すぐに連絡が取れましたが、仙台にいた頃の友人とはなかなか連絡が取れず、ようやく取れたのも3日後でした。連絡を取れた後知ってる人が津波で流されたり、家が流されたり、地震で家がつぶれたり、まだ行方不明の者がいるなど様々な衝撃を受けました。本当にショックで仕方ありませんでした。
しかしこの震災を通して私は様々な成長が出来たと思います。考え方も色々変わりました。その中で一番大きな変化は国を想う気持ちがより強くなった気がします。特に海外からあんなに支援をしていただき、日本ってそれだけ心配してもらえる国なんだと思うと私は誇りに感じました。
また震災を通して家族と飯を食べたり、話したり、出かけたりする些細な事でも幸せだと感じるようになりました。それまで友達とわいわいするのも楽しかったですが、やっぱ家族っていいなと思います!
今後まだ復興が徐々に進み始めています。その中で私が何かお助けをできればなと思います。
今日は様々な追悼イベントがありますが、今日は就活を休止し、両親と一緒に過ごそうと思います。